母へぶつけたい放言

私の中に泣いている部分がいますので、私はこれに吐露させてあげようと思います。

母へぶつけたい放言でも実際にはこの場に留めるシリーズ
私が人生で最も失望していたとき、すっかり気力がなくなって体を起こすこともできずにいました。
これまで何度かあった私の危機的状況には、それに重なるように両親にも大変なことが起こっていました。私は幼いながらもそのことを十分承知していました。

私としては安心して親にすがるという経験をしてみたかったのですが、いつでもあなたたちは自分のことで精一杯で、私は突き放されました。

今回もそうなのです。自分たちが大変なときに助けるべき子が、何もしないでいることなど耐えられなかったのでしょう。家を追い出されてしまいました。
私には頼る親はやはりいない、私はひとりなのだという確信を悲しくもまた噛みしめるのでした。
そうして追い出しておきながら被害者面したり私を心配するふりをして、まだパワーを吸い取ろうとする。
身の毛がよだつ。黄泉の国から追いかけてくる腐ったオンナのよう。
私はあなたを心の中で抹殺することにしました。

今、あなたは妹の子を住まわせているそうですね。
“地方から出て来た浪人生である孫”だったら気に入って受け入れるんですね。
あのとき妹と共謀して私を追い出したのは、この計画があったためなのですね。
私のことは追い出しておいて、妹の子は面倒をみるのですね。

あなたはずっと私のことが気に入りませんでした。幼い頃から何かにつけてダメ出しばかり。
私が息をしていることも気に入らなかったのではないかと思うほど。

私は親のいうことを疑ってみることもなかったので、それを受け入れ従い続けました。
傷つき疲れ果てた姿を見ても、それでもまだ弄ろうとするんですね。
心配しているですって?あなたは自分の本心に気付いてる?
「私を安心させるために、ほら、もっと苦しんで!!」と言っているのよ。

あなたの指図は、金輪際拒否します。
あなたの生き様があなたの合否の結果であるならば、
そんなものはお手本にしたくはありません。
あなたを私の親だと思いません。私には親はいなかったからです。
あなたの指図は受けません。私は私をダメだとする見方を辞める。
太陽向かって芽を向ける自分の本当の力を信じます。
あなたはあなたの選択に従って生きてきたし、これからもそうするでしょう。
それは私たちひとりひとりが与えられた権利です。

“家族には友人のように接し、友人には家族のように接する”という言葉があります。
私はここに清々しさを感じます。
常識と言われているものに絡め捕られて窒息するのを防ぎ、
自分がしてもらったら嬉しい姿勢が示されていると思うので、これをモットーとしていきたい。
ですから私はぐだぐだした人とは友達にならない。
友達は自分で選べるのだから私はそんな人選ばない。
どんな人と付き合うかは私の選択の自由なのだから。
私の友だちの傾向は爽快な人、可愛らしい人、温かい人、強い人…
私の時間はこういう人たちと過ごすためにあるのだから。

気味の悪い腐った蔓は断ちます。