第三章Ⅴ7,8,9,10

私たちは皆、“'劇団この世” の俳優
私たちはオバケ屋敷の中のオバケ役
目の前に来る素敵な人、なんだコレって人たちすべてはオバケ
自分も大したオバケ

でもその扮装でいる時間は決まっていて、やがてはズルッと脱げちゃう
タイマーをセットするのは、この私
「一生その姿のままで」とか、「3秒後に」とか、「10年後」などと決めることができる

お化け屋敷以外にも、シンデレラ城へ行ってみることもできる
シンデレラ城に執着しすぎて、そこから離れられなくなることもない
自分の家ではなく、遊びに行った先だとわかっているから

シンデレラ役になれる人は、執着がないからこそなれる
「いいえ、私など恐れ多くて」などとは言わない
本当の自分がわかっているから、キャラクターと自分を同一化していないから
岩下志麻はヤクザの妻ではないし、名取裕子は吉原の花魁ではない)
(じゃあ私は迫真の演技でみごと貧乏一家のおしん役を演じきったから、次行ってみよう)
(グレースケリーのように見初められて外国へ行くのもいいわね、ジェニファーロペスのように美と財力を手に入れるのもいいわね)



7.知覚=判断、評価
目の前にオバケ(と知覚すると同時に)=怖い、不吉、逃げなきゃ(と判断、評価している)

8.判断なければ知覚は不可能
では判断したという間違いを認めるならば、遡って知覚もなかったということになるのか
目の前に誰か現れれば、現れたと知覚すると同時に自動的に判断している
気が付くのは判断後、だ
判断したと気付いた時点で、逆もどりしていく、
私は何もわかっていないというゼロ地点へ発ち返っていく

9.赦しとは、分離しているという知覚を癒すこと
アトラクション会場を自分の家だと勘違いしないということか
オバケ役をやっているのは、中の人(神の子)だということを思い出すということか

10.さまざまに異なる幾つもの光の中であなた自身を知覚するのはやめなさい。
一なる光の中で、あなた自身を知りなさい。

アトラクション内でのオバケやシンデレラとして人を見るのはやめる
一番上のお姉さんとして妹たち(過去の自分)をハグする時の感覚が一なる光の中
その状態をキープする、その状態こそが常という状態にする
それでやっとACIM小学校の一年生
(えっそれで初めてスタート?汗)